●「TOKYO JEWELERS」掲載
コンテンポラリー・ジュエリーが動き始めた
ギャラリードゥポアゾンが惹きつけているもの
ジェイエム・ネットワーク代表 高村秀三
ジュエリーという品物の特徴のひとつは、その範囲がじつに広いことだ。使われる材料は多岐に渡っており、リングやネックレスといったアイテムもいろいろある。価格にいたっては千円前後のシルバージュエリーから億を越えるダイヤモンドジュエリーまでそれこそピンキリだ。こうした広範囲に及ぶ装身具類をジュエリーというひとことで総称すること自体問題なのかもしれないが、ジュエリーの面白さ、奥深さがそこにあることもまた事実だ。
そして、世界のジュエリーシーンを見ていると、日本では活発でないものの、消費者に受け入れられているさらにもうひとつの大きなジュエリー・カテゴリーがあることに気付く。いわゆる「コンテンポラリー・ジュエリー」と言われるもので、ヨーロッパ、アメリカを中心に確実に市民権を獲得している。
コンテンポラリー・ジュエリーを定義することは容易ではない。表面的には「材料の制約を受けないジュエリー」ということがいえるかもしれないが、考え方、捉え方は作り手によってさまざまだ。ただ、そういうなかにあって、ひとつ確実に言えることは、そのジュエリーの主体が「作家」や「デザイナー」であり、宝石材料やファッション・トレンドに引っ張られたものではないものがコンテンポラリー・ジュエリーであるということだろう。あくまで「作家」や「デザイナー」の考え方、技術、主体性が尊重されるジュエリー・カテゴリーということが出来る。
日本にも、このコンテンポラリー・ジュエリーの作家やデザイナーは存在する。日本ジュエリーデザイナー協会に属する、その道の大御所のような人もいるが、残念ながらこれまでこうした作家や作品群は業界やマーケットのなかでマイノリティに甘んじてきた。理由はいろいろあるだろうが、一番の理由は流通関係から彼らの活動がまったく無視されてきたことに因る。
流通関係の人に言わせれば、これらコンテンポラリー・ジュエリーは「売りにくい」「儲からない」ということであり、商売の材料にはなりにくいと判断されてきた。あながちそれも肯けないわけではない。高い材料を使わず、技術は素晴らしいのかもしれないが「見た目がじみ」で、さらにそこにわかりにくい「思想性」などが盛り込まれれば、少なくとも宝石店などでは売れないと判断されるのもけだし当然かもしれない。
しかし時代は変わる。いま、流通関係者を悩ませるのは、その肝心の「宝石店」が頼りにならなくなったことだ。宝石店で宝石が売れない。頑張っている宝石店も一部にあるにはあるが、それが例外になりつつあるほどなべて宝石店は厳しい。
しかし、それは消費者がジュエリーを買わなくなったということではない。じつは消費者はジュエリーを買っている。業界ではジュエリー市場規模の縮小を叫んでいるが、これはわたしの持論だが、ジュエリー市場規模はまったく縮小していないと思われる。最盛期の3兆円には及ばなくても、それに近い規模は維持できているとわたしは見る。
具体的にはこうだ。消費者は宝石店では宝石を買わなくなったが、宝石店以外で、例えばアクセサリー・ショップや、洋服店や呉服店、さらには通販やインターネット等で宝石を買っている。もちろん、いわゆる外資ブランド・ショップもかなりのシェアを占めているだろう。そしてなかでも一番大きなボリュームになっているのが、海外旅行に行って、そこでジュエリーを買ってしまういわゆる「海外消費組」だ。この規模は予想以上に大きく、ある人に言わせれば「5千億はある」という。やや過大評価過ぎるとも思われるが、「日本最大のジュエリー企業はJTBだ」という人もいるくらいだ。明確なデータがないのでその辺はなんとも言えないが、膨大な予算が海外に流失してしまっていることは否定できない。そして、これらの市場をすべて合算すれば、3兆円近い規模になっていると考えられるのだ。もしかすると、3兆円を超えているかもしれない。
では、そうだとして、ここで考えなければいけないことは、何故宝石店では宝石が売れず、宝石店以外で宝石・ジュエリーが売れるようになったのか、ということだ。消費者は何が不満で、宝石店以外で宝石・ジュエリーを買うようになってしまったのか、である。
理由はいろいろあるだろうが、結論を先に、平たく言ってしまえば、それは「楽しくない」からではないだろうか。店構え、品揃え、店主、スタッフ、商品そのもの…さまざまな面で、宝石店は楽しくないと思われているから、宝石店で宝石が売れなくなっているのではないだろうか。アクセサリー・ショップや、洋服店や呉服店、通販やインターネット、外資ブランド・ショップ、海外旅行で宝石が売れるのは、そこに「楽しさ」があるからではないのか。
これは、ある意味、根本的な問題である。宝石店の在りようそのものが否定されるような、本質的な問題を含んでいる。したがって、簡単に納得することは出来ないだろう。しかし、どうもそのように思えてしかたがない。
しかし、ここではこれ以上この問題については踏み込まないで、「だったら、もっと楽しいモノを並べ、楽しい売場を作り、楽しい買い方が提供できるようにすれば、宝石店は復活するのではないか」という仮説のもとで考えてみたい。目指すのは「楽しい宝石店」である。
前段が長くなってしまったが、こういうことを言ったのは、ここで紹介する東京・恵比寿のコンテンポラリー・ジュエリーの店「ギャラリードゥポアゾン」を取材したとき、ディレクターである森知彦さんがこう言われたのがもっとも印象的だったからである。
「ここに来られるお客さんは “ジュエリーって楽しいものなんですね”とよくおっしゃいます。みなさん、そういうジュエリーとの新鮮な出会いをここでされているようです。世界にはこういう楽しいジュエリーがあり、ジュエリーを装うことは楽しいことなんだということを実感されていきます」。
ジュエリーにはさまざまなジャンルがある。そのなかで、業界がほとんど無視してきたコンテンポラリー・ジュエリーが、これからはしかし徐々に注目を集めることになるのではないかと思われるのは、こうした視点からである。まだ一部の消費者からではあるが、コンテンポラリー・ジュエリーは「楽しい」ジュエリーとして受けとめられ、受け入れられつつある。これまでのジュエリーにはない「楽しさ」があると思われている。具体的に「ギャラリードゥポアゾン」で紹介されている品物から紹介すると、こういうものである。

David Bielander /ダビット・ビエランダー
唇から舌を出したラバーのブローチ。ビンなどの口に使用するゴムパッキンを素材にしている。このブローチはパッキンを一ケ所も切ることなく特殊な接着剤によって形作られているため、無駄な継ぎ目は見当たらない。\10,500

Svenja John/スベニア・ヨン
もともとは透明の素材であるポリカーボネイトを、彩色しカットアウトしてブレスレットとして組み上げたもの。金属にはない柔軟性と軽さをプラスの方向で利用した作品。\60.900

Mason Douglas /メイソン・ダグラス
アルミニウムの缶をオリジナルのプレス機を使って圧縮して作ったリング。1つのリングが1本分のアルミ缶から出来ている。\29.400
これらのジュエリーを一見したところの感想は?かもしれない。「これもジュエリー?」と思われた方が大半かもしれない。使われている材料はゴム、鉄、カーボナイト、アルミニュームであり、従来のジュエリーの素材ではない。いわゆるアクセサリーに近いものともいえる。しかし、そこにあるユーモアのセンス、美しさへのこれまでとまったく違った視点からのアプローチ、ユニークな加工技術、社会へのメッセージ性という特性はなんとなく理解出来るし、そういう特性を持ったジュエリーだという位置付けは了解出来るだろう。
例えばメイソン・ダグラス氏のリングは、清涼飲料水のアルミ缶をプレスしたものだが、内側は滑らかに削られており、指なじみはよい。プレスするにあたっては特殊技術が使われ、簡単に出来るものではないらしいが、色合いもじつに美しく、ジュエリーとしての完成度を備えている。当然そこには環境問題へのメッセージも籠められているが、こうしたジュエリー制作への取組み方、考え方が、まだ一部ではあるが、日本の消費者からも「楽しい」、「面白い」と受け止められ、受け入れられつつあるということだ。
「ギャラリードゥポアゾン」はもともとはアパレルのセレクトショップとして誕生した。コンテンポラリー・ジュエリー専門のギャラリー・スペースをオープンしたのは2003年の5月で、丸2年が経過している。スタッフはディレクターの森知彦氏と山田遊氏の二人が中心になって運営している。森さんの年齢は27歳。まだ若いが、10年に及ぶアパレル業界の経験、20歳過ぎからのオランダやドイツを中心とした海外での豊富な買付け経験は、年齢を超えたモノを見る目の確かさを感じさせる。しかも非常に勉強熱心で、日本では誰よりもコンテンポラリー・ジュエリーの現状や情報に通じている一人だ。
ギャラリーに通常並べられているのは、約100点に及ぶ国内外のコンテンポラリー・ジュエリー作品。そこに、かなり頻繁に開催される作家たちの展覧会が加わり、「ギャラリードゥポアゾン」をチェックすれば、世界のさまざまな現在のコンテンポラリー・ジュエリーや情報に自ずと接することが出来る。
「ギャラリードゥポアゾン」は、日本でいういわゆるギャラリーとはやや異なる。
「一般的な日本のギャラリーというのは、自社のコレクションの展示・販売と作家の展覧会を開催する貸しスペースとして運営しています。しかし、欧米のギャラリーの基本形は、作家の作品のプロモーター的な活動をしており、お客を呼び、作品を売ってコミッションをいただくというやり方です。ここもそういう欧米型のギャラリーに倣った運営をしています」。
ショップではないが、ショップに近い経営形態をもったギャラリーということになる。
「商品は約半分が買取で、半分が委託です。フェア・トレードを基本としており、掛率は50:50でお願いしています。委託の場合でも、売れなければ作家の方からの信用をなくしますし、われわれ自身の収入もなくなりますから、それこそ必死で集客と販売努力をします」。
ギャラリーの場所は東京の恵比寿。恵比寿といえば、恵比寿ガーデンプレイスも控えるオシャレな街として通っているが、「ギャラリードゥポアゾン」は確かに恵比寿ではあるのだが、JR恵比寿駅から徒歩約15分位の住宅地のなかにある。それも結構わかりにくい場所で、通行客が気ままに入って来る立地ではない。しかもビルのB1であり、目的を持って来てもらう以外、フリー客の来店が期待出来る場所ではないのだ。そこで活用しているのがインターネットとメールマガジンによる情報発信だ。
「ギャラリードゥポアゾン」のメールマガジンは充実している。展覧会の案内を中心に、プロモートする作品や作家について、自分たちの感想もまじえながら、細かく紹介するメールマガジンを月2回程度発行している。現在約1500人の希望者に送付されているとのことで、ジュエリー関係のメールマガジンとしては多い方だろう。
雑誌等に紹介される件数も頻繁で、「月5〜6件のパブリシティが掲載される」という。これは圧倒的な数字であり、雑誌編集者たちやマスコミからもかなり注目されているギャラリーであることがわかる。しかし「来店客のほとんどは口コミで知った方が多いですね。やはり場所のわかりにくさがネックになっているようで、これはしょうがないとあきらめています」。
森さんがもっとも傾倒している作家は「オットー・クンツリ」。スイス出身のコンテンポラリー・ジュエリー界を代表する作家の一人で、アメリカ文化の象徴であるディズニーのミッキーマウスをモティーフにした、ユーモアと風刺に満ちたコンセプチュアルな作品等で世界に知られている。現在はミュンヘンの造形芸術アカデミージュエリー科の教授も務めている。
「オットー・クンツリの作品はどれも、コンセプト、デザイン、造形力各々が素晴らしく、完成度の高いジュエリーです。例えばこれなど本当に素晴らしいと思います」とオットー・クンツリの作品集を見せながら、森さんは情熱的に語る。そこで紹介されたのは、例えばこういう作品だ。

Otto
Kunzli/オットー・クンツリ
アメリカで行なわれた展覧会に出品された「Oh,say!,1991」というタイトルのブローチ。一見すると何かひとつのシンボルのように見えるが、じつはシンボルはひとつではなく、十字、星、ハート、ドクロ、ミッキーマウス、クークラックスクラン(逆三角形)の6つを重ね合わせており、シェリフバッチ(保安官バッチ)をイメージしてつくられている。
シェリフバッチは保安官がつけるもので、もちろん彼等は国を守る正義でなくてはならない。しかしこのブローチに含まれたシンボルは、人種差別、宗教、戦争などアメリカが抱える政治的問題を具現化して、それを正義といっている。タイトルの
Oh,say!とは国歌の歌い出しで、これもアメリカを象徴するものである(by 森知彦)。
他に氏が好きなのはカール・フリッチ。ドイツの90年代以降を代表する作家のひとりで、手の感触をそのまま生かしたジュエリーを制作している。

Karl
Fritsch /カール・フリッチ
1980年代までは貴金属から離れ新しい素材へのアプローチが盛んであったコンテンポラリー・ジュエリーは、カール・フリッチの登場によりゴールドやシルバーといった貴金属へとまた時代が戻ってきた。彼の作品はワックスによる1点ものの鋳造作品が中心で、そのフォルムは手でワックスを練りながら産み出される。理数的に構築したもともとのジュエリー製作の常識をやぶり偶発的な作品を発表しているが、その造形は実に自由で楽しい雰囲気を醸し出している。しかし使っているのはゴールド、シルバー、ダイヤモンド、サファイヤ、ルビーなどのいわゆる貴金属と宝石であり、ジュエリーとよぶに相応しい素材で出来ている(by 森知彦)。
ニュージーランドの作家ワーウイック・フリーマンも森さんが好きな作家のひとりだ。

Warwick
Freeman /ワーウィック・フリーマン
天然の素材を材料にスピリチュアルなジュエリーを発表するワーウィック・フリーマンは、マオリ族の伝統を受け継ぐコンテンポラリージュエリー作家である。作品製作に使われる素材は貝、溶岩、黒曜石、翡翠、骨、木、珪化木など自然のものばかりで、一般的に言われるカットした宝石は一切使用していない。しかしその質感や重みには何とも言えない贅沢感があり、素材を生かしたシンプルな造形がまた美しい(by
森知彦)。
「ギャラリードゥポアゾン」は「二匹の魚」を意味するフランス語。“無限大”の記号から想を得た名前とのことで、確かに、魚が自由に泳ぐように、これから少しづつ影響力を広げていく可能性を感じさせる。それこそ、その可能性は無限大なのかもしれないが、「ギャラリードゥポアゾン」をとおしてコンテンポラリー・ジュエリーを見ていると、既存宝石店が抱える問題点や、その脱却の方向性もおぼろげながら見えてくるように思える。
ギャラリードゥポアゾン
〒150-0013 東京都渋谷区恵比寿2-3-6 B1F
Tel.03-5795-0451
URL http://www.deuxpoissons.com

「ギャラリードゥポアゾン」の店内

ディレクターの森知彦さん